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戦国時代

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応仁の乱の頃〜其3

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■用土原の戦い(ようどはらのたたかい)
1477(文明9)年、今の埼玉県大里郡岡部町針ヶ谷で起きた戦。

五十子の戦いの後、この戦いに参戦できなかった、太田道灌(扇谷上杉家・家宰)は、長尾景春の勢力を強大化するのを恐れ、まず上野より山内上杉顕定と扇谷上杉定正を五十子の陣に復帰させる。

そして自ら軍勢を率い、長尾景春と対峙する。
この戦い、知将・太田道灌の策により、おびきだされた長尾景春が本拠・鉢形城に戻ろうとしたところ用土原の針谷にて衝突。太田道灌の圧勝に終わる。

※扇谷上杉家の家宰・太田道灌は今川家の相続問題に関して、調停に行っていたために五十子の戦に参戦出来なかった。

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さすが名将・太田道灌!こんなCD(シングル)にもなっています。
太田道灌 価格: ¥1,155 (税込)
興味のある方はどうぞ!

応仁の乱の頃〜其2

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其1で応仁の乱が終わったかのような書き方をしてしまいましたが、まだその後も乱は収まっていません。
各地で争いは続いていました。
主だった戦いを数回に分けて書いていきます。

五十子の戦い(いかごのたたかい)
1476(文明8)年〜1477(文明9)年、山内上杉顕定長尾景春との間で争われた戦い。
現在の埼玉県本庄市東五十子にて起こったこの戦い。

長尾氏は山内上杉家の家宰(補佐官)だった。当時、山内上杉顕定の家宰は長尾景春の父・景信であった。しかし、この景信が没したとき、その後継者に景信の弟・忠景を指名する。
これに不満を抱いた長尾景春が反乱を起こす。

三千ほどの兵で五十子の陣を包囲。翌年の正月、これに猛攻を加え攻め落とす。

山内上杉顕定は利根川を越えて上野国那波荘に敗走する。



信長、那古野城主となる

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■1538(天文7)年
吉法師(信長)、那古野城主となる。
この年、美濃守護代齋藤利良死去。信秀が大垣城の竹腰氏を倒す。


■エピソード
吉法師には乳母がいましたが、この乳母は何度も変わっていたそうです。

それはなぜか?吉法師はなんと授乳中に乳母の乳首を噛みちぎるという癖をもつとんでもない赤ん坊だったからだそうです。

さすが信長!赤ん坊のころからすでに大物振りを発揮していたみたいですね。
しかし疑問が・・・歯も生えてないはずなのにどうやって?


■この頃の日本の情勢
第一次、国府台合戦北条氏綱・氏康×小弓公方義明・里見義堯他。北条方の勝利。

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この年、前田利家誕生。前年、1537年、豊臣秀吉が誕生。



戦国時代の幕開け〜応仁の乱の頃〜其1

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【応仁の乱】1467年(文正2年)から1477年(文明10年)まで

この戦いを書くだけでも本来ならばかなりの内容になってしまいますが、出来るだけ簡潔に書きたいと思います。

簡単に言ってしまうと足利将軍家の後継者争いが全国各地に飛び火したということになるんでしょうか?・・・簡潔にしすぎ?!

■時代背景
室町幕府8代将軍・足利義政の時代になる。
この後継者争いを、義政の弟・義視と義政の子・義尚(母は日野富子)が演じることになる。

同時期に三管領の畠山氏や斯波氏も家督争いを始めていた。

戦いは義視を推す細川勝元そして畠山政長・斯波義敏グループ(東軍)と義尚を推す山名宗全そして畠山義就・斯波義廉グループ(西軍)との対立となり、
細川勝元を大将とする東軍・16万余と山名宗全を大将とする西軍・11万余が京都を中心に戦いを繰り広げることになる。


■経過
畠山家の対立に端を発し、1467年(応仁元年)に最大の戦い『相国寺の戦い』が起こるが、以後は一進一退の攻防戦が繰り広げられ、こう着状態が続く。


■結果
1473年(文明5年)3月18日に山名宗全が死亡。つづいて5月11日に細川勝元も死亡。12月19日には義政が義尚に将軍職を譲って隠居した。その後、1474年(文明6年)4月3日に、宗全の子山名政豊と勝元の子細川政元の間に和睦が成立した。

その後も残存勢力による小競り合いが続いていたものの、1477年(文明9年)11月11日に細川政元が周防国に撤収したことによって西軍は事実上解体し京都での戦闘は収束した。11月20日に、幕府によって「天下静謐」の祝宴が催され10年に及ぶ「応仁の乱」の幕が降ろされた。

この応仁の乱により全国各地の混乱状態はましていき群雄割拠の時代に突入する。

■『創』の感想(仮)
この応仁の乱からちょうど100年後、足利義昭は京都から追放され、室町幕府が滅ぶんですよね(まあ正確に言うと義昭はこの後も将軍職は失っていないので”滅亡”という表現は適切ではありませんが・・)。それ以後もまだまだ各地で合戦はつづくがようやく天下統一に向けて時代が動き出す。今の時代では考えられないですよね。日本各地で戦いが繰り広げられる。それも150年近くにわたって・・・
想像がつきませんね。


■参考文献
戦国合戦事典―応仁の乱から大坂夏の陣まで PHP文庫
小和田 哲男 (著)

価格: ¥750 (税込)
新品/ユーズド価格 : ¥180より

このコーナーは主に上記の小和田先生の著書を参考に進めていきたいと思います。いろいろな合戦が短くわかりやすく紹介されています。非常に読みやすく参考になりますよ。

 

戦国時代の時代区分

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戦国時代』当たり前のように使っているが、その時代区分となると、いろいろな意見があるようです。

このコーナーでは戦国時代を、最大と思われる応仁の乱の始まり(応仁元年:1467)から豊臣家の滅亡(元和元年:1615)までの約150年について主だった事柄について順を追って書いていこうと思います。(そんなに出来るかな〜??)

とりあえず頑張ってみます。

尚、私は日本史を専門に学んだわけではないので、誤った記述も多々出てくると思います。
その時はぜひコメントなどでご指摘ください。


このブログを通して、自分もあらためて戦国時代について勉強していきたいと思っています。

皆様のご協力、賜りたいと思います。(堅苦しい挨拶じゃの〜!)
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