太田道灌1432〜1486年(永享4年〜文明18年)
太田資清の子。名は資長。のちに剃髪して道灌と号した。扇谷上杉定正の執事として仕えたが、その能力が主人をこえていたので、しばしば問題を起こした。そしてこれが原因で、ついに主人定正に暗殺される。軍事家で文学者。江戸城の築城でいまも有名。東京では開発の恩人とし、都庁前や新宿の中央公園に銅像をつくって顕彰している。

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『太田道灌』
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/kwg1840/doukan.html#mokuji