信長の戦国軍事学
さて、桶狭間合戦の記事を読んで、おや?あの有名な奇襲の場面が描かれていないぞ?と疑問に思われた方も多いのではないでしょうか?まあ歴史の情報に敏感な方は既にご存知の方も多いと思いますが、桶狭間の合戦は、「迂回・奇襲」ではなく、近年の研究から「正面からの強襲」攻撃であったとの説が有力になっています。

最近、書店に並んでいる『週刊ビジュアル日本の合戦』でもその説が書かれていますが、私がこの説に出会ったのは、今から12年前のある一冊の本でした。
その書籍が今回紹介している信長の戦国軍事学というタイトルの本です。

著者は、日本軍事史の研究をされている藤本正行氏(先生と呼ぶべきか!)。
当時、この本を立ち読みでパラパラ見ていると、衝撃的な内容が次々と書いてあるではないですか!「創作された奇襲戦」「墨俣一夜城は存在しない」「長篠の合戦の鉄砲三段撃ちも作り話」等々。「何だこの本は!信長を馬鹿にしやがって!」そんな気持ちを抱きつつなぜかすごく興味がわき、気がつけばその本を持ってレジに並んでいました。

家に帰り早速その本を読みましたが、“革命児”“天才”“英雄”信長のイメージが次々覆される中、どんどん本の内容に引き込まれあっという間に(といっても3〜4日位だったかな?)、一冊読み終えてしまった記憶があります。

そしてこの本を読み終えたとき、「教科書に載っている史実とか定説も“真実”ではなく、単純に信じちゃいけないんだな〜」と感じたものでした。(もちろんこの本に書かれていることも“ひとつの説”であり真実ではありませんけどね)

私の歴史観を大きく変えた一冊でした。

この本をきっかけに「信長公記」を図書館で読むようになり、どうしても手元に置きたくなり、注文して「信長公記」も購入。現在、このブログを書く重要な資料のひとつにもなっていて、信長の戦国軍事学との出会いがなければ、このブログもなかったかもしれない。貴重な出会いでした。

以上、織田創の思い出話?でした。
さて、そろそろ「信長史」の続きを考えよう・・・

※参考までに信長の戦国軍事学の内容です。

序章 太田牛一と『信長公記』
第1章 桶狭間合戦―迂回・奇襲作戦の虚実
第2章 美濃攻め―墨俣一夜城は実在したか
第3章 姉川合戦―誰が主力決戦を望んだのか
第4章 長嶋一揆攻め―合戦のルール
第5章 長篠合戦―鉄砲"新戦術"への挑戦
第6章 石山本願寺攻め―「鉄甲船」建造の舞台裏
終章 本能寺の変―謀叛への底流