さて今回は旅行記安土編其の二ですが、二日目の『考古博物館』と『信長の館』は次回ということで、三日目に訪れた安土城跡・百々橋口を公開したいと思います。

京都からまっすぐ帰るつもりだったんですが車内の「次は安土」というアナウンスにまた安土城跡に行きたいという思いに駆られ夕方5時頃なのに飛び降りてしまいました。いや〜「青春18きっぷ」って便利ですね〜乗り降り自由はすばらしい!(笑)

歩いて安土城に向かっていては陽が暮れてしまうと思い、この日は駅前のレンタサイクルを利用。ちなみに料金¥500。大荷物はロッカーに預け(¥300)、カメラのみ持ってソッコーで安土城に・・・と行きたいところ、レンタサイクルの親切なオジさんがいろいろな独自の史料を持ってきてくれ説明をしてくれました。
「あ〜わかったから史料だけ頂戴!」と心の中で思いつつ説明を聞いていざ出陣!

安土駅前の信長公像
安土駅前に立つ信長公。信長公が指し示す方向に安土城は・・・ありません!あるのはお土産屋さんとお食事処。
そこのお土産屋さんで「安土城 信長」というこの店限定のお酒とキーホルダー2個を購入。安土城のキーホルダーを2個買ったつもりが、1個はなんと観音正寺のもの・・・。安土城の方は弟への土産。もうひとつは自分の手元に・・ハ〜(涙)

ちなみに安土城跡は右の方になります。


安土城跡・百々橋口
この日は大手道を通過してその西側にある百々橋口道へ向かいました。レンタサイクルのオジさんの情報で旧宛寺跡から見る琵琶湖がきれいとのこと。日暮れ間近、サイコーの景色を想像してチャリンコ飛ばしました。
この百々橋口道は通用口として一般の人たちが主に使ったと道とされています。大手道に比べはるかに狭く幅は3mくらいだったと思います。もう記憶が薄れてきてる・・・
ちなみにこの百々橋口から琵琶湖方面に安土の城下町が広がっています。


安土城跡・百々橋口(奥)
いざ百々橋口を登り始めるとすぐに行き止まりに!現在通行禁止になっていました〜!!宛寺跡を見ることが出来ませんでした。ついでに信長公も見たであろうサイコーの景色のはずの琵琶湖の夕焼けも・・・(涙)
ちなみにこの道をまっすぐ進むと大手道につながっていてその交差点?あたりに信忠公の屋敷があったとされています。


石部神社
百々橋口のすぐ脇にある石部神社です。信長公との関係はないのかもしれませんが、かつてはこの敷地も宛寺の一角であったと思われます。




安土から見える琵琶湖
この写真は石部神社の敷地内から見える琵琶湖を撮ったものなんですが分かりますか?遠くに見える山の麓あたりにわずかに琵琶湖が写っています。ちなみに手前の町がかつて城下町だった所です。



安土城跡・麓の現状
これは、大手道付近の現在(06.3.20)の様子です。調査を終え、修復作業をしている最中だと思います。かなりの重労働と思われますが、怪我のないよう元の状態に戻していただきたいですね。



繖山(観音寺山)
この写真は安土山の東側にある繖山(きぬがさやま?かさやま?)ですが、観音寺山と言ったほうが分かりやすいかもしれませんね。かつて信長公が足利義昭を奉じて上洛した際、抵抗をした六角氏の居城・観音寺城があった山です。観音寺城は正確には安土城の南東方向にあります。
かなり分かりづらいと思いますが山の麓、左側の水色の建物とさらにその左の建物が『考古博物館』と『信長の館』になります。次回あらためて紹介します。


安土山と夕日
これは見学を終え、駅に向かう途中見納めのつもりで見た安土山(の西側)。ちょうど陽が沈み始め慌ててカメラを用意。
信長公が別れの挨拶をしてくれているような気持ちになりました。ほとんどビョーキですね(笑)

いつの日か晴れた日に再び天主跡を目指して歩きと思います。