今日はクリスマスイブですね〜・・・「でもそんなの関係ね〜っ!」(笑
ということで、年賀状書かなくちゃな〜と思いながらブログを書いています(←さっさと年賀状書け!)

来年の干支はネズミですね。ネズミといえば真っ先に思い浮かぶ戦国武将は、信長に“禿鼠”と呼ばれた羽柴秀吉でしょうか?他にネズミに関する武将を考えていたら子年生まれの武将が気になって調べてみました。以下、主な子年生まれの戦国武将です。
※推定の武将も含まれます。また、予想以上に多かったので1492年以前と1600年以降は省略しました。ご了承ください。


1492年 平手政秀(信長の傅役)、毛利興元(元就の兄)、尼子国久(出雲大名。経久の次男) 、小田政治(常陸大名。室町11代将軍義澄の弟)

1504年 飯富虎昌(武田家臣。義信の傅役)、長宗我部国親(元親の父)、蜂須賀正利(小六正勝の父)

1516年 織田信光(信長の叔父)、諏訪頼重(信濃大名。信玄の義兄弟)、林通具(美作守。秀貞の弟)、松永長頼(久秀の弟)

1528年 明智光秀(本能寺の変で信長を死に追いやる)、村井貞勝(信長家臣・京都所司代)、前野長康(秀吉家臣)、於大の方(徳川家康の母)、北畠具教(伊勢国司北畠家の八代当主)、種子島時尭(漂着したポルトガル商人から二挺の火縄銃を買う)、三好政康(三好三人衆の一人)、阿閉貞征(浅井氏から織田氏に仕える)

1540年 豊臣秀長(秀吉・弟) 島清興(左近。石田三成の重臣)、木曾義昌(武田家臣。織田に寝返り武田家滅亡のきっかけを作る)、鳥居強右衛門(長篠・設楽原の合戦で逆さ磔にされる)、北条氏照(氏康の三男。氏政の弟)
本庄繁長(越後・上杉家臣)、丸目長恵(肥後・相良氏の家臣)、成松信勝(肥前・竜造寺氏の家臣)

1552年 森可隆(森可成の長男、乱丸の兄)、高山右近(キリシタン大名)、二本松義継(政宗の父・輝宗を謀殺)、仙石秀久(漫画『センゴク』の主人公)

1564年 浅井万福丸(長政とお市の長男)、小瀬甫庵(後に甫庵信長記を著す。『公記』とは別)、酒井家次(徳川家臣・酒井忠次の長男)、黒田直之(官兵衛の弟)、河野通直(伊予大名・伊予守)、関一政(盛信の次男。蒲生氏郷の義兄弟)

1576年 織田信高(信長の七男。フィギアスケートの信成君の先祖)、秋田実季(安東愛季の長男。正室は信長の姪で細川信良の娘)、浅野幸長(長政の嫡男)、堀秀治(堀秀政の嫡男)、島津忠恒(島津義弘の三男で初代薩摩藩主。)

1588年 浅野長重(浅野長政の三男。忠臣蔵の内匠頭の曽祖父)、山野辺義忠(最上義光の四男)

1600年 織田信当(信長の弟・信包の四男)、伊達忠宗(伊達政宗の次男)、本多忠利(本多康紀の長男。岡崎藩主)


ちなみに織田信長は1534年生まれの午年>。※『丑』と誤った記述をしていました申し訳ありません!k2様、ご指摘ありがとうございます!
同年には細川幽斎、斎藤利三、蒲生賢秀、蜂屋頼隆がおり、一回り上(1522年生まれ)には柴田勝家、千利休、三好長慶、一回り下(1546年生まれ)には織田信直、武田勝頼、竹中重矩(半兵衛の弟)、黒田孝高、最上義光らがいます。