高遠城址公園 (同市高遠町総合支所提供)昨日の『織田信長史』でついに武田勝頼が自刃して果てましたが、このあともまだ武田軍と織田軍の戦いはわずかながら続くことになりますが一休み。


昨日の記事を書いた夜の『産経ニュース』(ネット版)で偶然にも「武田家滅亡」ネタが掲載されていたので紹介したいと思います。

産経ニュースでは『「桜の三大名所」長野・高遠桜のピンクは「武田家滅亡の血の色」』と題して高遠城で激戦を繰り広げた勝頼の弟で信玄の五男・仁科盛信の勇敢なエピソードとその壮絶な最後が取り上げられています。

記事を読んで知ったのですが、盛信と共に戦った武田の兵は3000人もいたんですね。勝頼は、この高遠城で盛信がしばらく織田軍を食い止めてくれることを期待していたようですが十数倍の敵を相手にしてはどうしようもなかったですね。

盛信は戦国最強軍団と呼ばれた武田家の最後の意地を見せ裏切りが続出する中、奮戦。その最後も壮絶なものでした。

思えば仁科盛信が自刃したのは、今の暦の暦で言うと3月26日、武田勝頼が自刃したのが4月3日。山梨や長野辺りでは間もなく桜が咲くといったような季節だったでしょうか?
勝頼や盛信は、その桜の木をどのように見つめたのでしょう?そんな余裕はなかったかもしれませんね・・・

産経ニュースでは、戦いの舞台となった「桜の三大名所」である高遠城址公園の桜と共に国宝松本城の桜の写真も多数掲載されていました。

詳細⇒産経ニュース『「桜の三大名所」長野・高遠桜のピンクは「武田家滅亡の血の色」

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