【天皇:後土御門(103代)、将軍:足利義政(8代)】

1月18日、畠山政長、上御霊社にて挙兵。畠山義就と管領家の家督相続を争い、応仁・文明の大乱のきっかけとなる。

3月5日、改元。元号が「文正」から「応仁」になる。

5月10日、赤松政則挙兵。細川勝元の支援を受け播磨に攻め込む。

5月26日、京にて細川勝元率いる東軍と山名持豊(宗全)率いる西軍が激突。応仁・文明の大乱勃発。

5月28日、将軍・義政が両陣営に停戦を命じるが不調に終わる。

6月3日、東軍・細川方に将軍旗が授けられる。

6月8日、義政の弟・義視が細川方征討軍の大将となり出陣。

8月23日、西軍・山名に与する周防・長門・豊前・筑前などを領する大内政弘が上洛し東寺に陣を構える。大内氏の上洛により、義視は伊勢へ逃れる。

9月1日、武田基綱と畠山義就が等持寺にて戦う。

10月3日、相国寺で東西両軍が戦う。


【この年の他の出来事】
禅僧で水墨画家として活躍した雪舟が遣明船に随行。
備中の農民が代官・大林氏打倒を計画。


【生】
6月1日、志道広良
以下月日不明
武田元繁
島津善久
大石定重


【没】
9月1日、正親町三条実雅(59)
9月6日、上杉持朝、死去(50)
9月9日、山名教豊、死去(46)
12月24日、佐竹義人、死去(68)


【織田信長誕生まであと67年】


※主に戦国150年ニュース―戦国時代をフォーカス! (別冊歴史読本 (23))を引用・参考にさせていただいています。