【天皇:後土御門(103代)、将軍:足利義政(8代)】

3月、古河公方・足利成氏派の小山・結城・千葉氏らが伊豆国三島の堀越公方・足利政知を攻める。古河公方派が序盤優勢であったが、山内上杉氏の援軍を得た堀越公方派が反撃。古河公方派は壊滅・敗走。

4月、太田道真(道灌の父)、上野国・舞木城を攻略。
4月、山内上杉氏の家宰で越後守護代の長尾景信(古志長尾氏当主とは別)、下野国に攻め入り、赤見城や樺崎城を攻略。

5月21日、将軍・足利義政、東軍・細川方に寝返った朝倉敏景(孝景)に越前守護への補任を密約。以後、越前平定に向け対立勢力と攻防を繰り返す。

5月23日、東軍に味方する長尾景信、古河公方の上野国館林城、館林舞木城を攻略。

5月30日、将軍・義政、越後守護上杉房定ら関東や奥羽諸将に古河公方・成氏討伐を命じる。長尾景信が古河公方・足利成氏を攻め居城・古河城を包囲。

6月24日、古河公方・成氏、下総・千葉孝胤のもとに逃走。

7月27日、本願寺法主・蓮如、越前・吉崎に北陸布教の拠点となる道場・吉崎御坊を設立。

8月26日、西軍山名氏が南朝皇胤・小倉宮を擁立。

閏8月、毛利豊元(元就の祖父)、京から領国に帰国すると、幕府への不信感から西軍に寝返り、大内政弘に従い旧領奪還。

9月11日、敏景、池田荘の池田勘解由左右衛門尉を攻める。

11月5日、幕府、薩摩・島津立久に琉球渡航船の取り締まりを命じる。

12月26日、大内道頓が豊前・馬岳城で自刃。

【その他の出来事】
1月、郡上八幡の歌人・東常縁(トウ ツネヨリ)、飯尾宗祇(ソウギ)に古今伝授を許す。
9月12日、桜島(向島)が噴火。文明大噴火。多数の死者が出る。

【生】
武田信縄:甲斐守護職武田家の第17代当主。信玄の祖父。

千葉勝胤:本佐倉城城主。

伴野貞祥:武田信玄家臣。信濃国前山城主。

長尾為景:越後守護代・越中国新川郡分郡守護代。上杉謙信の父。

二条尚基:公卿。二条政嗣の子。



【没】
北畠教具:伊勢国司北畠家の第4代当主。東軍所属。病死。(3月23日、享年49歳)

武田信賢:若狭武田氏の第2代当主。東軍所属。病死。(6月2日、享年52歳)

栂野和泉守:朝倉敏景(孝景)の家臣。池田荘攻めの際、討ち死に(9月11日、享年?)

山名豊之:伯耆守護。足利義政の御供衆。西軍所属。謀反により謀殺。(9月、享年?)

大内道頓:大内持盛の子。東軍所属。自刃。(12月26日(※1472年)、享年42歳)


【織田信長誕生まであと63年】



※主に戦国150年ニュース―戦国時代をフォーカス! (別冊歴史読本 (23))を引用・参考にさせていただいています。