【天皇:後土御門(103代)、将軍:足利義政(8代)/義尚(9代)】

2月21日、【美濃】将軍足利義政、東軍に属する信濃の小笠原家長(松尾家)に信濃守護・小笠原政秀(鈴岡家)とともに西軍の美濃守護・土岐成頼を征伐するように命じる。

3月17日、【美濃】将軍足利義政、美濃の富島為仲に小笠原家長や木曽家豊と協力して出陣するように命ずる。小笠原家長・木曽両軍は、東美濃に攻め込み、守護代・斎藤妙椿が守る土岐氏の居城・大井城と荻島城を攻め落とす。

3月18日、山名宗全、自害の際の傷がもとで病没。

4月、幕府?、後ろ盾の宗全を失った畠山義就に対して畠山政長との講和を提案するが義就は拒否。

5月11日、細川勝元が流行病で死去。謀殺説も。8歳の嫡男・政元が家督相続。

6月23日、【武蔵】五十子の陣中で山内上杉氏の家宰・長尾景信死去。

6月24日、義政と義視がそれぞれ父で6代将軍の義教の33回忌法要を行う。

8月26日、義視が大内政弘の館に入る。

11月24日、【武蔵】古河公方・足利成氏が五十子の上杉陣を急襲し、扇谷上杉政真が討死。

12月19日、義政、子・義尚を元服させ将軍職を譲る。弱冠9歳。


【その他の出来事】
11月29日、幕府、紙商人九郎三郎光次に取引の独占を許可。


【生】
朝倉貞景:朝倉家9代当主。義景の祖父。(2月5日)

荒木田守武:伊勢神宮祠官・連歌師。

今川氏親:今川家7代当主。義元の父。駿河守護職・遠江守護職。文明3年生まれ説も。

松平長親:松平氏の第5代当主。家康の高祖(祖父の祖父)。


【没】
山名教之:山名熙之の子。伯耆・備前守護。(1月16日没。享年不明)

伊勢貞親:伊勢貞国の子。室町幕府政所執事。(1月21日没。享年57歳)

山名宗全:守護大名。応仁・文明の乱の西軍総帥。 (3月18日没。享年69歳)

細川勝元:細川氏嫡流・京兆家の当主。幕府管領。応仁・文明の乱の東軍総帥。(5月11日没。享年44歳)

長尾景信:山内上杉氏の家宰。古志長尾氏とは別人。五十子の戦いで陣没。(6月23日没。享年61歳)

上杉政真:扇谷上杉家当主。上杉顕房の子。相模国守護。五十子の戦いで敗死。(11月24日没。享年23歳)


【織田信長誕生まであと61年】



※主に戦国150年ニュース―戦国時代をフォーカス! (別冊歴史読本 (23))を引用・参考にさせていただいています。