いや〜今日はハロウィンですね!・・・・・と特に思い入れもない管理人ですが、強引にハロウィンネタ(笑

最近、日本でも徐々に浸透し始めた?ハロウィン。クリスマスやバレンタインデー同様、関連する業界がイベントを盛り上げて一儲けしようとする“謀略”ではありますが、まあ、それで多くの人が楽しめればそれはそれでいいのかな〜と思います。ちなみに本場の?アメリカではハロウィンパーティをする家庭は5割程度だとか・・・。日本においてもキリスト教の教会でハロウィンのお祝いをするところは少ないそうです(最近はどうなんでしょ?)

さて本題の「信長とハロウィン」ですが、残念ながら関係ありません!(言い切った〜!?)。タイトルは訪問者を増やすための“謀略”です(笑
と、このままでは怒られてしまうので、いつものように“こじつけ”ます!

ハロウィンと言えば思いつくのが「カボチャのお化けのような提灯(ジャックランタン)」や「仮装」、あとは「キリスト教の行事」と言ったところでしょうか?

ハロウィンは、11月1日の「カトリックの諸聖人の日(万聖節)」の前夜祭で、古代ケルト民族の年越しの祭り(ケルト民族は10月31日が一年の終わり)だそうで、キリスト教だからと言って必ず行われる行事でもないようです。だから、アメリカでもパーティをする家庭は少ないのかもしれませんね?

カボチャをくりぬいた中にキャンドルを灯すのは日本のお盆の送り火や迎え火と同じような感覚のようです。

おっと!また話がそれてしまいましたが、信長と言えば「キリスト教」に寛大であったのはご存じの通りですね。(一つクリア・笑)

そして、「仮装」といえば信長の十八番??。『信長公記』にも記されている津島踊りの際、領民の前で信長は天人(天女?)の扮装をして女踊りを披露した話は有名なところ。(二つ目クリア)ちなみに家臣たちも滝川一益は“餓鬼”、織田信張は“地蔵”に扮するなどほかの家臣たちもいろいろ仮装して領民たちを楽しませたようです。

さて、難題の「カボチャ」と信長のつながりですが見つかりません・・・
しかし、じつはこのカボチャ、日本にはじめてお目見えしたのが戦国時代!(ふ〜なんとかクリア?)

天文10(1541)年、ポルトガル船がカンボジアから豊後国(大分県)に持ち込んだのが始まりと考えられているそうです。ちなみに?カンボジア”がなまって?カボチャ”になったとか。
カボチャは、火縄銃(1543年頃)やキリスト教(1549年)よりもはやく日本に来ていたんですね。ちなみに初めて持ち込まれたカボチャを献上されたのはキリシタン大名としても有名な豊後の大名・大友宗麟(信長じゃなかった、残念!)だそうです。


最後に、キリスト教の宣教師と関係の深かった信長がハロウィンパーティを行ったかを考えてみたいですが、文献にハロウィン自体一切記述されていないうえに、上記のように現在のアメリカ家庭の状況や日本でのキリスト教系の教会や一般への普及状態を考えてみてもやった可能性はゼロだったと思われます。


【参考サイト】
ウィキペディア「ハロウィン」

DAISUKI KABOCHA BATAKE