信長が気に入りたびたび愛馬を繋いだとされるクロマツ通称「信長馬繋ぎのマツ」が病気になっていたようです。
この松は東近江市甲津畑町の速水家の庭木だそうですが、速水家の御先祖は信長が近江入りした際、その警護役を務めていたとか。

織田家中の「速水」で思いつくのは浅井氏滅亡後、秀吉に仕え、大坂城落城の際、秀頼の介錯を務めた速水守久ですが、そのご子孫なんでしょうか?

代々、大事に手入れしてきた松の樹齢はなんと500歳。信長が存命中すでに60年位生きていたということになるんでしょうか?(計算あっとるのか?)

松の寿命は、調べてみると500〜1000年、あるいは700〜800年というデータもあるようですが、治療をすればあと数百年は元気でいられると思われます。

昨日(10日)、滋賀県緑化推進会の樹木医5名や治療研修に参加してくれた30名ほどの方々が、土壌改良などをしてくださったようで、信長ファンとしては非常ありがたい思いです。

速水さんも記事の中で「大変ありがたい。信長にまつわる木だけに、この名木を次世代に残し、近江の歴史を見学者に語り継ぎたい」とおっしゃっておられたようですが、今回の治療がうまくいって「信長馬繋ぎのマツ」が復活することを願っています!


【詳細記事】
読売新聞:12月11日掲載「信長馬繋ぎのマツ病気」

【参考サイト】
『近江の城郭』− 「信長の馬つなぎの松」