hasekura-tunenaga今日2月14日はバレンタインデーですが、管理人には無カンケーのイベント・・・(涙

さて気を取り直して本題に入りたいと思います。まずチョコレートの歴史ですが、かなり古く紀元前からあったそうで2000年以上の歴史があることになりますね。当初は「飲み物」でカカオ豆をすりつぶしたドロドロした液体だったようです。ちなみにチョコレートという名称ではなく「ショコラトル」と呼ばれていたそうです。

16世紀、メキシコを訪れたイエズス会士ホセ・デ・アコスタは「気分が悪くなるほどまずいが、現地の人々には尊ばれ高貴な人をもてなすのに用いられる」という内容の記録を残しているそうです(ウィキペディア:「チョコレートの歴史」参照)

日本の戦国時代初期、今川義元や伊達晴宗が生まれた年である1519年、メキシコに遠征したスペイン人のフェルナンド・コルテス将軍はアステカ帝国皇帝モンテスマ2世から、この「ショコラトル」でのもてなしを受け、1528年にショコラトルをスペインへ持ち帰り、ヨーロッパに広がります。ヨーロッパでは、砂糖などを入れ甘い飲み物となったようです。

この「ショコラトル」をはじめて口にした武将ですが、イエズス会から想像すると織田信長や大友宗麟を思い浮かべる方も多いと思いますが、日本に伝わるのは江戸時代後期の1797年、長崎で「しょくらあと」が飲まれたとあるそうです。では戦国時代の人物は無関係なのかと思いきや、慶長遣欧使節として伊達政宗の命でヨーロッパに渡った「支倉常長」がスペインを訪れた際(1615年)またはメキシコに立ち寄った際(1614年)に「ショコラトル」を口にしたという説があるようです。ちなみに今年は慶長遣欧使節が出港してから400年という記念の年。日本人がチョコを口にしてから約400年ということにもなるのでしょうか?


余談ですが、本日は斎藤道三や松永久秀と共に戦国の三大梟雄のひとり宇喜多直家の命日でもあります。亡くなったのは本能寺の変により信長が亡くなったのと同じ年、天正10(1582)年2月14日(1月9日という説も)、岡山城にて死去。享年53歳。菩提寺の光珍寺にはチョコレートがお供えされたそうですが、あの世で直家さんも喜んでいるでしょうか?

ちなみに津軽為信の三男で弘前藩二代藩主・津軽信枚(1631年没)や京都所司代・板倉勝重の次男で三河深溝藩主・板倉重昌(1638年没)も今日が命日。地元の方、お二人にもチョコをお供えしてあげてください(笑


【参 考】
森永製菓HP:CacaoFun「初めて飲んだ、人食べた人」

Gakkn:「ニッポンはじめてヒストリー チョコレートはじめて物語」


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