【天皇:後土御門(103代)、将軍:足利義尚(9代)】

2月6日、【遠江】今川義忠、横地・勝間田両城を攻略するも残党に襲撃され戦死。6歳の嫡男・龍王丸(のちの氏親)と義忠の従兄弟・小鹿範満が今川家の家督を争うことに。

3月、【駿河】範満の祖父・堀越公方の執事の上杉政憲(犬懸家)は孫を今川家の家督に据えるため扇谷上杉氏の家臣・太田道灌とともに兵を率い駿河に入る。
(※道灌が政憲の家臣と誤って記載していました。申し訳ありません)

3月8日、日野富子、禁裏番衆に現銭(現金)一万疋を贈り、改めてその財力を示す。

6月、【駿河】今川義忠の正室・北川殿の弟・伊勢盛時(新九郎・北条早雲)が今川家の家督争いを調停するため下向。龍王丸が成人するまで範満が家督を代行することで決着。

6月、【武蔵】上杉政憲・太田道灌の留守をついて長尾景春が鉢形城で挙兵(長尾景春の乱)。主家・山内上杉顕定の拠る五十子城(いかご・いらこ:埼玉県本庄市五十子)を包囲する。

9月14日、前将軍・義政、大内政弘に内書を下し東西和平を推し進める。

11月、【尾張】守護代・織田伊勢守敏広と美濃守護代・斎藤妙椿が織田大和守敏定を攻める。大和守敏定、守護所・下津城に火を放ち迎え撃ち、守護代軍を撃退する。

11月13日、室町第に隣接する土倉が一揆に襲撃・放火され、その火が花の御所・室町第に燃え移り焼失。近隣の禁裏や公家や武家の屋敷・門跡寺院なども被害を受ける。

12月20日、義政、弟・義視に身の安全を約束した書状を与える。


【その他の出来事】
4月11日、戦乱で衰退した兵庫津に替わり和泉・堺から初めて遣明船が出航。



【生】
狩野元信:絵師。狩野派の祖・狩野正信の子。永徳の祖父。8月9日誕生?
太田資康:太田道灌(資長)の嫡男。武蔵国江戸城城主。
佐竹義信:第14代当主・佐竹義治の四男。
斯波詮高:詮好とも。高水寺斯波家の当主。
相馬盛胤:陸奥相馬氏第13代当主。

【没】
今川義忠:駿河今川家6代当主。義元の祖父。2月6日没。享年41歳。
日野勝光:日野家当主。左大臣。富子の兄。6月15日没。享年48歳。
毛利豊元:安芸国人毛利家当主。元就の祖父。享年33歳。


【織田信長誕生まであと58年】



※主に戦国150年ニュース―戦国時代をフォーカス! (別冊歴史読本 (23))を引用・参考にさせていただいています。