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さて、前回の記事でも少し触れましたが信長は宣教師のヴァリニャーノが連れてきた黒人男性を大変気に入り召抱えましたが、このときに限らず、信長は宣教師に出会ったことで、西洋の知識や多くの珍しいものを得ました。

地球儀を見せられ信長は地球が丸いことを理解したとも言われ、無神論者のように言われますが、キリスト教を否定することなく布教を許可し、南蛮のファッションが珍しいというだけでなく、機能的だということで好んで着用するなど、南蛮文化に寛容的な信長でした。

そして、信長が生きた戦国時代、(時期は前後しますが)カステラやビスケット・ボーロなど西洋の食べ物もいろいろ日本にやってきました。その中のひとつが「金平糖」。

ポルトガル人宣教師・ルイス=フロイスの記録によれば、信長が足利義昭を奉じて上洛した翌年、永禄12(1569)年4月、義昭のために急ピッチで二条城を建設している頃、信長に謁見したフロイスがロウソクなどと共にガラス瓶に入った金平糖を献上します。信長はこの珍しい食べ物を大変喜んだとも言われています。

ちなみに金平糖とは砂糖を使った菓子を意味するポルトガル語のコンフェイトスまたはコンフェットが語源だといわれています。当時の金平糖は現在よく目にするような星というかウニといったほうが近いでしょうか?そのような突起ははなかったと考えられているようです。

しかし、なぜ今回、唐突に金平糖の話題なのか?実は和菓子で有名な『とらや』が「歴史上の人物と和菓子」と題して、2007年11月1日から11月30日まで特別展を企画しているという情報を入手したためです。とらやさんのHP上でも和菓子と歴史上の人物の逸話が多数紹介されています。

ちなみに「織田信長と金平糖」の話も掲載されていますが、その他に「徳川家康と嘉祥」「明智光秀と粽」「千利休とふの焼」「徳川吉宗と安倍川餅」「井伊直弼と千歳鮨」「徳川綱吉と麻地飴」「徳川慶喜と引き菓子」等々話題満載。興味のある方は除いてみてはいかがでしょうか?

詳細⇒とらや菓子資料室『歴史上の人物と和菓子』