【天皇:後土御門(103代)、将軍:足利義政(8代)】


1月14日、西軍山名勢、鳥取尾山の山名是豊を攻めるも敗北。

2月9日、大内政弘が上洛しているすきを狙って叔父・大内道頓(教幸)が赤間関にて挙兵。東軍細川陣営に加わる。東軍の細川勝元が大内家の分裂を狙ったもので、道頓は実子で政弘の養子となっている嘉々丸の安堵を求める。

3月、大内道頓、西軍・大内政弘に従っている重臣・陶弘護と仁保盛安を調略。仁保盛安が東軍に寝返る。

4月26日、大内政弘に従っていた仁保盛安の子・十郎も東軍に寝返る。

4月30日、西軍・山名方の畠山義就が東軍の拠る山崎を攻めるため鳥羽に布陣。

5月4日、淀にて東西両軍激突。

5月19日、摂津国・中島に大内政弘と共に陣を構えていた宗全の子・山名政豊と仁保弘有が東軍に寝返り兵を退く。この年、弘有は嫡子・護郷に家督を譲って隠居。

5月20日、東軍の野田泰忠や薬師寺与次らが摂津国茨木城を攻略。

5月22日、将軍・足利義政が道頓に大内家の分国の安堵状を与える。

6月18日、西軍の筑前国・麻生弘家の一族麻生家延が東軍・大内道頓に呼応し、弘家の被官を討つ。

7月19〜21日、西軍・大内政弘軍が勧修寺や醍醐寺を焼き打ち。山科などで合戦。

7月23日、大内政弘、南山城・綴喜郡八幡に下向。

8月10日、二条政嗣が関白に任ぜられる。

9月22日、京極氏の被官で東軍細川方の多賀高忠が西軍六角高頼に敗れ、近江国が西軍の勢力下になる。

?月、周防国にて大内政弘の重臣・陶弘護が京より帰国した益田貞兼と共に大内道頓と吉見信頼らの軍を撃破。道頓、吉見の領国石見に逃亡。この年、陶氏により若山城が築かれる。


【この年の他の出来事】
外交僧瑞渓周鳳が著した3巻から成る対外交渉についての書『善隣国宝起』(ゼンリンコクホウキ)が成立。余談、信長の野望・蒼天録の家宝の一つとして登場。
※前回記事で誤って1469年成立としていました。申し訳ありません。

9月、朝鮮国王・世祖が対馬国島主に使船の数の順守や渡航許可の濫発防止などの通交是正を求める。


【生】
姉小路済継:飛騨の大名で、姉小路基綱の嫡男。
佐竹義舜:常陸国の戦国大名。佐竹氏の第15代当主
塩谷孝綱:下野国の戦国武将。別名・泰綱。宇都宮正綱の四男。
天室光育:越後の僧侶。林泉寺六代住職。上杉謙信の師父。


【没】
島津忠国:島津氏第9代当主。(1月20日、享年64?)

逸見繁経:若狭武田氏被官逸見氏の一族。(7月19日、享年?)

京極持清:近江守護。京極高光の子(8月4日、享年64)

酒井氏忠:西三河の豪族左衛門尉系酒井氏の祖。(10月11日、享年?)

畠山政国:総州家。越前にて朝倉孝景に謀殺される(10月、享年?)

後花園法皇:第102代天皇。彦仁(ひこひと)。(12月27日、享年52)

北郷持久:日向守護島津氏の有力支族である北郷氏5代当主。(?)


【織田信長誕生まであと64年】



※主に戦国150年ニュース―戦国時代をフォーカス! (別冊歴史読本 (23))を引用・参考にさせていただいています。