今回は、名古屋旅行二日目に訪れた大須の万松寺總見寺です。雨がパラつく中、“うつけ”と呼ばれていた若き日の信長公の足跡を追ってみました。

万松寺
これは何?と思われる方が多いと思いますが、信長の父・信秀が建立した万松寺です。そう、信長が父・信秀の葬儀で焼香を投げ付けたというエピソードを持つあの万松寺です。
昭和期に戦災で焼失しており現在の建物は再建。
名古屋城築城の際は、加藤清正がこのお寺を宿舎にしたそうです。

なんとアーケード街の中にあるんですね〜。ずらりと商店街が並ぶ中、多くのお客さんがいました。写真撮るのは少々照れましたが、勇気を持ってパシャリッ!
この万松寺へは名古屋市営地下鉄『上前津』(かみまえづ)で下車

織田信秀公 墓碑
信長公の父・信秀公のお墓です。万松寺中央の地下通路?をくぐった所にあります。

お寺の方に入っていいのか確認したところ「どうぞ」ということだったのでカメラ片手に侵入!そこに見知らぬ50前後と思われる男性がついてきました。
どうやら私と同じ信長公のファンのようで、二人異様な空間の中、無言で撮影会・・・怪しい二人でした。



からくり人形 うつけ信長焼香投げ
こちらは万松寺右手奥にある『信長からくり人形』尾張はからくり人形がたくさんあるそうです。まったく知りませんでした。ちなみにこのからくり人形は例の『焼香投げ』のエピソードを再現したもの。投げた瞬間白い煙が出るはずがこの日は雨のためか?不発でした・・・

からくり人形 幸若舞『敦盛』
こちは『焼香投げ』の後、登場する『敦盛』を舞う信長公です。「人間五十年〜」の歌声とともに信長公が舞います。
ちなみにこの『信長からくり人形』は、(たしか)9時から18時の偶数時間に登場奇数時間は『白雪稲荷』になります。見に行かれる方は、時間に注意したほうがいいです。

地元の人は興味がないのか見物人は私一人。夢中になって撮影し終えて振り返ると、いつの間にやら見物人が数十人・・・赤面。

大須・總見寺
万松寺から5分ちょっとだったでしょうか?こちらは『大須の總見寺』。總見寺というと安土のイメージですが、ここにもあるんですね。ちなみにこの大須・總見寺は、信長の次男・信雄がもともと伊勢にあった西明寺を信長の菩提のため清洲に移し、總見寺に改名。慶長16(1611)年に清洲から現在の大須に移築したそうです。

大須・總見寺の門
この日は、門が閉ざされていたため中に入れず・・。普段は開いているのでしょうか?この中には、信長公ゆかりの品が収蔵されており、そのうち肖像画をはじめ9点が県指定文化財になっているそうです。







大須・總見寺の瓦
總見寺の瓦。織田家の家紋『織田木瓜』です。ほっ欲しい・・・写真で我慢します〜

そして今回は、行けませんでしたがこの大須には、若き日の信長を諫めるために切腹して果てたといわれる守役・平手政秀の菩提を弔うために信長が建立した『政秀寺』もあります。また、いつの日か行きたいと思います。


というところで今回はここまで。次回、『熱田神宮』『名古屋城』一挙に公開!!と気合を入れるほどでもありませんが・・・それではまた来週。