唐突ですが、NHK大河ドラマ『篤姫』が始まったばかりですが、来年放送の『天地人』の主人公・直江兼続を取り上げたいと思います。

直江兼続が生まれたのは、永禄3(1560)年のこと。信長好きの方ならすぐに思いつく桶狭間の合戦があった年です。信長が、その名を近隣に知らしめたその年、樋口兼豊の嫡男として生まれます。幼名は与六。余談ですが、石田三成も同年誕生しています。
父・樋口兼豊は上杉謙信の義兄であり上杉景勝の実父である長尾政景に仕えていました。

樋口与六は、幼くして長尾顕景(後の上杉景勝)に近侍し、顕景が謙信の養子になると一緒に春日山城に入ったともいわれています。

与六の活躍しはじめるのは、謙信死後の上杉家の家督争い『御館の乱』の頃で、上杉景勝の家督相続に貢献しますが、この間、越後の西方、能登や加賀では織田家が着々と領国を拡大していました。

そして、織田家が伊賀を平定する天正9(1581)年9月よりも少し前の頃かはっきりした月日は不明ですが、上杉家の家臣間で事件が起きます。

上杉家の重臣・直江信綱と山崎秀仙が会見中に毛利秀広が乱入し、秀仙に切りかかります。信綱はこれを仲裁しようとしますが、秀仙と共に斬殺されてしまいます。

信綱には、跡取りがなく直江家は断絶。しかし、直江家は代々家老を務めた名家。この断絶を惜しんだ上杉景勝は、与六と信綱の妻だったお船の方を結婚させ与六に直江家を相続させます。ここに直江兼続が誕生することになります。兼続は直江家を継ぐと越後与板城主となり、景勝の重臣としてさらに活躍していくことになります。


ここまでの経歴を見る限り信長との接点はほとんどなし・・
来年の大河ドラマも信長の登場はごくわずかかもしれませんね〜